1894年に発表の短編集。5つの短編集のなかの2つ目の作品です。
推理小説的に面白かったのは「シルヴァー・ブレイズ」と「海軍条約文書」。物語として面白かったのは「グロリア・スコット号」ですかね。
ですがやはりこの短編集はなんといっても「最後の事件」です。ホームズとワトソンの友情が泣けます。短編集全体的に「それなりに面白いけれど、薄味かなぁ」なんて考えていたのですが、この最後の一編によって、ぐっと締まりました。
シルヴァー・ブレイズ
競走馬のシルヴァー・ブレイズが失踪し、調教師のストレイカーが頭部を鈍器で砕かれて死んでいた。前夜厩舎に押しかけて来たフィッツロイ・シンプスンがしていたスカーフが現場に残されており、警察は彼を逮捕したのだが…
ホームズの調査が面白いです。まだまだ調査が続くのかと思わせておいて、突如「ロンドンに帰る」と言い出すところが、いかにもという感じで楽しいです。意外な犯人も楽しめる好編です。
ボール箱
スーザン・クッシングという女性のもとに小包が届いた。中を開けるとなんとそこには、切り取られたばかりの二つの人間の耳が入っていた。かつて自宅の一部を医学生の貸していたが、揉めて退去させたことがあったので、彼らの嫌がらせなのかとも考えられるが…
本文にも言及がありますが、「緋色の研究」「四つの書名」のように、最後に犯人の独白が出てきます。推理ものとしては特に驚きなどもありませんでしたが、その独白がなかなか面白かったです。「不倫」というテーマが公序良俗に反すると、一時短編集から外されていた作品だそうですが、そんなに気にするような内容でもありませんよね。
黄色い顔
グラント・マンロウの家の近くの空き家に人が引っ越してきた。挨拶に行くと、あまりにもなそっけない態度で追い返される。家の二階を見上げると、そこには黄色い顔をした奇妙な表情の姿が。へんな人が引っ越してきたと思っていたが、しばらくすると、自分の妻がその家に入り浸っているようで…
ホームズの失敗談として語られていますが、なんというか、捜査を始める前に終わってしまったという感じ。人種差別に対する啓蒙的な話とも感じました。まぁ、読後感はとても良かったので、これはこれでありです。
株式仲買店員
失職してしまったパイクロフトは、ようやく株式仲買業者のモースン商会に採用された。ところが彼の下宿にピナーという人物が現れ、モースン商会より良い条件で採用したいと言ってきた。あまりにも良い条件に彼はそちらで働くことにした。しかしそこにいたピナー氏の兄という人物がどうも怪しく…
赤毛組合の変形みたいな感じでしょうか。まぁいかにも怪しいですし、謎といってもそういう悪さをするんだろうなぁ、という想像はできます。結末がちょっとびっくりしましたが、話を無理やり作った感じがして、どうなのかなぁ、という感じです。
グロリア・スコット号
治安判事を務める地元の名士であるトレヴァーが、ある手紙を読んだ直後、恐怖のあまり亡くなってしまった。その手紙は謎めていた内容で少し意味が通らないものだった。その手紙に出てくるハドスンという人物は、トレヴァーの過去に関係がありそうなのだが…
トレヴァーの過去の話が面白い。緋色の研究と同じような感覚ですね。波乱万丈な冒険談みたいな。意外な真実が、逆におまけみたいに感じました。しかしホームズの推理通りなら、トレヴァーがあまりにも不憫ですね。
マスグレイヴ家の儀式書
レジナルド・マスグレイヴ家の執事ブラントンは長年立派に勤めていた。しかしある夜、「マスグレイヴ家の儀式」と呼ばれる書類をこっそり覗き見ているところを、マスグレイヴに見られてしまう。マスグレイヴはブラントンを1週間の猶予を与えて解雇することにしたが、なんと三日目の朝にブラントンは姿を消してしまい…
執事とメイドが相次いで姿を消してしまうという謎がなかなか面白いです。ですが真相は、まぁそうだろうなぁ、という感じですね。ミスリードがなく、単に真相が明かされるので、やや拍子抜けかな。暗号もそのままですしね。
ライトゲイトの大地主
大地主のカニンガム老人のもとに強盗が押し入り、御者のウィリアムが撃たれて亡くなった。ウィリアムの手には大きな紙から破り取られた切れ端が残っており、そこに書かれてある時刻はウィリアムが亡くなった時刻だった…
ホームズが犯人に仕掛けた罠が面白いです。特に犯行時刻を間違えるところは、まさかそういう意図があったのかと感心させられました。
背中の曲がった男
バークリー大佐夫妻は誰もが憧れる理想的な夫婦とみられていた。ところがある日、バークリー夫人は聖ジョージ組合の会合から帰るやいなや、普段使わない部屋に入っていった。妻が帰ったのを知った大佐は彼女がいる部屋に向かったが、そこで口論が起こり…
これも緋色の研究パターンの話ですね。ヘンリーの昔話が面白いです。こまごました謎をホームズが解き明かしていく過程もそれなりにおもしろいですが、あまり本筋に影響していないようです。オチは「Xの悲劇」っぽい格好良さがありましたが、やや苦しいかなとも感じました。
入院患者
パーシー・トレヴェリアンは学生時代、将来を嘱望される優秀な学生だった。著名な専門医を目指したかったが元手がなく、まずはコツコツ貯金していこうと考えていたところ、ブレッシントンという男がその元手を出してやろうと提案してきて…
これもまた緋色の研究的な、犯人側(?)の事情が面白い話。実際ワトソンもそのように語っています。ホームズの演じた役柄は華やかではないが、全体を構成する事柄が珍しいとのことです。それなりに面白いですが、ややあっけなかったかな。
ギリシャ語通訳
ギリシャ語通訳として働くメラス氏のもとに、ラティマーという男がやってきて、仕事を依頼してきた。しかし途中で最初の話とは違う現場に向かったり、脅すようなそぶりを見せたりとなにやら怪しい。案の定、ギリシャ語しか話せない男を相手に、何かに署名させようとしているらしい…
ホームズの兄マイクロフトが登場します。ですが、それによって何かがあるわけでもなく、いつものホームズ話でした。マイクロフトが事件を解決して、ホームズに向かって「お前もまだまだだなぁ」とかいう展開を期待してしまいました。クラティディスの扱いがひどいし、取ってつけたような因果応報的なオチもどうかなぁ、という感じです。
海軍条約文書
パーシー・フェルプスは伯父のホールドハースト卿から、海軍条約文書を書き写すという依頼を受けた。とても重要な文書なので、同僚が帰った後に居残って作業を開始したのだが、少し目を離したすきにその書類がなくなってしまい…
怪しい人物がたくさんいて、それなりにミスリードさせるような描写があります。その点で誰が犯人なのだろうと、いろいろ考えさせられる、いかにも推理小説という感じの作品です。ホームズの謎の行動が事件解決につながる展開は、なかなか痛快です。
最後の事件
迷宮入りになった事件の多くがある組織の妨害にあったと考えられる。それをホームズがたどっていくと、高名な数学者であるモリアーティ元教授に行き当たった。ホームズはモリアーティを追い詰めるが、モリアーティも復讐に出て、ホームズを追う。ホームズとワトソンは逃亡の旅に出る…
ホームズとワトソンの友情が美しいです。最初からワトソンの筆致が重く、タイトルの意味も含めて、あまり良い結末にならないという雰囲気が漂います。ワトソンが敵の仕掛けに気づき、現場に戻って、ホームズを倣って推理をする展開が泣けますね。
ですが「最後の事件」とはいえ、滝つぼに落ちて、亡骸が見つからないというのは…ちゃんと含みを持たせているのでは? と邪推したくなりますね。
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