概要
1967年のノンシリーズ作品。アガサ・クリスティー自身が、お気に入りの一つに挙げている作品です。
あらすじ
ジプシーが丘と呼ばれる、事故が多発する呪われた土地。しかしマイケル・ロジャーズはその眺めに心を奪われ、そこに建てる美しい家と、一緒に住む素晴らしい女性を夢見る。ある日、マイケルがジプシーが丘をぶらついていると、エリーという女性と出会い…
みどころ
「無実はさいなむ」に似た、重苦しい雰囲気です。主人公のマイケルの語りで話が進みますが、マイケルが世の中を少し歪んでみるタイプで、恋愛ものなのにどこか鬱々としたものを感じます。呪われたジプシーが丘という舞台設定も相まって、何とも言えない陰鬱な感じが全体的にあります。
一見幸せそうな生活に忍び寄る悪意みたいなものが感じられて、ちょっとしたサスペンスが常に付きまとっているように思いながら、ページを進めるのが止まらなかったです。
登場人物
- マイケル・ロジャーズ(主人公)
- エリー(大富豪)
- コーラ・ヴァン・スタイヴェサント(エリーの継母)
- フランク・バートン(エリーの叔父)
- アンドルー・リッピンコット(エリーの信託管理者)
- ルーベン・バルドー(エリーの従兄)
- グレタ・アンダーゼン(エリーの世話係)
- スタンフォード・ロイド(エリーの財産管理人)
- クローディア・ハードカッスル(エリーの友人)
- フィルポット(村長)
- エスター・リー(占い師)
- ショー(医師)
- ルドルフ・サントニックス(建築家)
主人公のマイケルを含めて、どの人物もどこか一癖ある人物ばかりです。善人の象徴であるはずのエリーですらも、どこか信じられない部分があります。
本来は、語り部であるマイケルに感情移入して読み進めるべきでしょうけれど、そうはならなかったです。これがもう少し親しみやすい人物像だったら、もっとよかったような気もしますが、それはアガサ・クリスティーの意図するものとは、ずれているのでしょう。難しいところですね。
感想
重苦しい雰囲気も、マイケルの斜に構えたところも、アガサ・クリスティーの狙いだとは思いますが、果たしてそれで本当によかったのかと、疑問に思うところもないではありません。
事件はかなり終盤に起きて、そしてその真相がしばらく後で明かされるのですが、正直「まぁ、そうだろうね」という印象でした。これってどうなんでしょうかね。やはりこういうのは、好印象を抱かせておいて、実は…という方が心に残りそうな気がします。
正直マイケルならそうだろうと、別に意外性もありませんでした。
最後にもう一つ驚きの展開が待っていますが、これもどうなんでしょうかね。驚きの展開と言いましたが、正直延長線上にあるものですから、個人的には少し興ざめしました。
そして悪人が良心のかけらを見せるのは、個人的にはあまり好きな展開ではありません。悪人は悪人らしく裁かれてほしいというのが、自分の好みです。最後の展開も含めて、やや冗長な感じを受けました。過去の犯罪の告白なんかがありましたが、後出し感が半端ないです。
殺して奪った腕時計なんて話がありましたが、その前にお気に入りの腕時計を常にしているみたいな描写があったら、納得感がもっとあったかも。
実はリッピンコットが一番の悪で、彼の手の上で転がされていたというオチだったら、もっとしっくりきたのになぁ、なんて思いました。
殺人鬼の内面描写をするという試みだったのでしょうけれど、なんというかそこに驚きがないんですよね。ちょっとこだわりが強いですが、普通の人間という感じ。それが実は殺人鬼の内面というのが新しいのでしょうかね。殺人鬼も普通の人間と変わらないみたいな。
でもそれだとしたら、「アクロイド殺し」の方が驚きがありましたね。シェパード医師の方が、一見まっとうですし、そんなまっとうな人物も何かのきっかけで、犯罪に手を染めてしまうみたいな怖さがあります。
マイケルは普通っぽいけれど、どこか怪しいんですよね。その辺が中途半端だったような気がしないでもないです。
また似たような犯人像としては「ナイルに死す」があります。むしろ彼らの方が内面が詳細に語られていない分、想像が働き、より印象的な人物象に仕上がっているのではないかとも思いました。
殺人事件とその犯人が誰かという謎もありますが、そこに至るまでのサスペンス感が良かったです。むしろそれがゆえに殺人や、その犯人に目が向かなかったまでありました。色々文句がでましたが、このサスペンス感は本当によかった。
二度目読み返すと、細かい描写にもこだわっているのもわかります。
先ほど触れたように、人間関係を含め、これまでのクリスティー作品の集大成的なところがあります。家へのこだわりは短編集「マン島の黄金」の「夢の家」、ジプシーの女性がが主人公たちを追い出そうとする下りは、短編集「愛の探偵たち」の「管理人事件」など、どこかでみたシチュエーションが出てきます。
私はこの作品を一番最後に読んだのですが、そういうノスタルジックな気持ちを持ちながら読んでいました。これはこれで楽しかったです。あるいは逆にもっと早くに読んで、先入観なしにこの物語を楽しんでみたかった思いもあります。
アガサ・クリスティー本人のお気に入り作品で、かつ世間的にも評判が良い作品だったので、必要以上に期待値が上がってしまった部分があります。それによって、少し残念に感じてしまったところもありますが、終盤までどうなるのかと読む手が止まらなかったのは事実です。読んで損はない作品なのは間違いありません。
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