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春にして君を離れ-アガサ・クリスティー 感想

4.5
春にして君を離れ アガサ・クリスティー

概要とあらすじ

1944年のメアリ・ウェストマコット名義6作中3作目。

娘の病気見舞いの帰り、テル・アブ・ハミドで足止めを食らったジョーン・スカダモア。何もない砂漠の地で、彼女はこれまでの幸せだった人生を振り返るのだが、その幸せが本物だったのかだんだん疑問に感じてきて…という話。

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みどころ

ほぼ全編ジョーンの内面描写です。彼女の内面をずっと描きつつ、その印象が徐々に変化していく様子が興味深いです。最初の印象は気立てのいいお母さん。そのうち、少しずつアレ? アレ? と思うようになり、最後には最初の印象とは全く別物になっているでしょう。

あとは、砂漠で独りぼっちという孤独感。楽しいことを思い浮かべようとしても、だんだん嫌なことが浮かんできてしまう様子は、ちょっとしたホラー。ジョーンの精神が徐々に壊れていく様は、なかなか怖いです。そしてそこからの再生(?)の展開は、神々しいです。

とまぁ、いろいろ書きましたが、ほんとうの「みどころ」はそこじゃないんですよね。これが「みどころ」です、と簡単に書けるような小説ではないですね。

感想

いろいろな見方ができる小説だと思います。

まず、ジョーンを自分の内面に見ることができると思います。仲が良かった友達や、恋人が本当は自分のことをどう思っているのか。あるいは会社の同僚や上司や部下などにおける、自分の評価はどうなっているのか。もちろん自分の子供や配偶者についてもです。

そういうことを改めて見つめさせられます。その意味では、かなりしんどい小説です。読みながらかなり気持ちが沈んでいくのを感じました。

そしてジョーンの姿を他人に見ることもできます。特に母親には多かれ少なかれ、ジョーンのような面はあるはずです。それを思いながら、ジョーンに嫌悪感を抱いたり、そこまでいかなくても苦笑してしまうかもしれません。

そしてジョーンの周りの人々に同調してしまうかもしれません。面倒くさい人にこそ愛想よく振舞ったり、好きでもないのに思わせぶりな態度をとってしまったりすることは、ままあることです。そういう偽りの関係は至る所にあります。

翻って自分のことを考えてみると、自分の見ている世界もやはり本当の世界ではない、と思えてくるわけです。

そういったことを本を読みながら、考えてしまいます。目は文字を追っているのだけれど、実際は自分のことを考えている感覚です。

ふと同じような体験を映画でしたことを思い出します。「ラ・ラ・ランド」です。「ラ・ラ・ランド」を見ていた時、目は確かに映像を見ているのだけれど、実際は自分の内面を振り返っているような感覚がしました。

ですので、読み終わったあと残るのは、自分自身なんですよね。ジョーンとかロドニーとかその他の登場人物のことはどうでもよく、自分とそれを取り巻く世界や、自分の半生について、考えることになるという作品です。

ある程度、人生経験を積んでから読むと、より重みが増すように思います。ですが、早いうちに読んでおいて、人生の教訓にするのもいいかもしれませんね。

あるいは少し見方を変えることもできます。この作品、ジョーンはヴィクトリア駅に帰ってきて、そこでロドニーと会って終わりでも良かったはずです。そうすれば、めでたしめでたしの結末です。

それをあえてエイヴラルと会わせて、少し現実に引き戻し、そしてエピローグで結局何も変わらないことを描いています。なんというか、残酷な話です。

ですが、ちょっと引いた眼で見てみますと、自己啓発本を読んで、やる気がめちゃめちゃ上がるけれど、実際には何も行動しなかったり、将来のことを考えて、いろいろテンションが上がって、よし勉強しようと思い、実際に問題集を開けたらやる気がなくなってしまったり、そういうことありますよね。

そういうことを皮肉っている内容とも取れるなぁ、と思ったりもするのです。

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