概要とあらすじ
1938年のポアロ長編33作中16作目。
エルサレムに家族旅行でやって来たボイントン一家。一見仲良さげに見える家族だが、実はボイントン夫人が家族を精神的に抑圧していた。不穏な空気が流れる中、ペトラでついに事件が起こる…という話。
読み方
読み方に注意が必要です。ボイントン夫人が悪人として描かれるのですが、それをそのまま受け入れて読むのがいいです。
私は、ボイントン夫人を悪く言う人たちの方が、なんか胡散臭く感じてしまって、それが素直に受け取れなかったです。そのために余計な雑念が入ってしまい、話に入り込めなかったです。
ボイントン夫人が悪人であること前提で、読み進めることをお勧めします。
登場人物について
登場人物たちにあまり好感が持てなかったです。
サラはクリスティー作品によく出てくる、自立する女性のタイプですが、つねにイライラしている感じで愛嬌を感じませんでした。そしてジェラール博士は少し軽薄な感じが嫌味を感じます。もっと威厳があってもいいのに。
そして何より、レイモンドです。彼は話している内容がアホの子のようです。レイモンドに関しては、精神的に成長できていないということなんでしょうけれど、それにしてももう少しなんかあったでしょう。
レイモンドとサラの会話は、中学生のうすーい恋愛話を聞かされているようで、鼻で笑ってしまいます。あれをもってレイモンドの自立の芽生えというのは、無理がありませんかね。
ボイントン夫人ですが、サラとジェラール博士から「悪人」だと言われていますが、彼女自身の描写がそれほど多くないので、そこまでその悪人感が強まっていないように感じます。子供たちが勝手にビビッているように見えますね。
対して、ウエストホルム卿夫人とミス・ピアスのコンビは、ボケとツッコミみたいな感じで面白かったです。
犯人、トリック等
犯人は意外な人物でした。
確かに予想外ではありましたが、被害者との関係がそこまで描かれていないので、唐突な感じが否めません。「今朝はとても楽しかったですわ。ペトラはほんとにすばらしいところでございますね」の一言だけです。
もう少し被害者と犯人のからみを描くことはできなかったものかと思います。ウエストホルム卿夫人側が、ボイントン夫人の正体を探るような言動とかがあっても良かったのではないかと思いました。
トリックについては、それなりに筋が通っています。なるほどなぁ、と思わされました。ただ、犯人だけは、分かってしまいました。犯人のある発言は、明らかにそれとわかるものでした。
「すりきれてつぎはぎだらけになったズボンをはいていました」
いや、200m離れていて、そんなのわかるわけないでしょ。
ただ、犯人が分かったとしても、その他の人物の証言と整合性が取れません。他の人物の証言はどういうことなのかという部分は分かりませんでした。
おかしな現象を解き明かしてみると、家族の人たちが互いに疑い合い、そして互いを助けようとしたのが分かります。それは面白い展開でした。
そしてボイントン一家の容疑が、一人一人と晴れていくにつれて、ボイントン夫人の死の時間が前倒しになっていき、最後に犯人のところに至る展開が良かったです。
この展開は、面白く感じました。
他作品との繋がり
「死との約束」でも、他作品の内容に触れた場面があります。
ひらいたトランプ
レイス大佐からカーバリ大佐に当てた紹介状の内容です。
「そのまことに巧妙な心理学的推理のほんの一例として──」レイスは彼がシャイタナ殺人事件を解決したいきさつを書いていた。
これは「ひらいたトランプ」の話ですね。
オリエント急行の殺人
ネイディーンの発言にこうあります。
「聞くところによると、あなたはかつてオリエント急行の殺人事件で、陪審の評決をそのまま承諾なさったそうじゃありませんか」
この辺の事情は「オリエント急行の殺人」を読んでいた方がわかりやすいでしょう。
ABC殺人事件
ミス・ピアスの発言にこうあります。
「もちろんあたしはABC殺人事件を終わりまで読みましたよ。すごくスリルがありましたわ。あたしはそのとき、じっさいにドンカスターの近くで家庭教師をしていたのです」
この「ドンカスター」は、ABC殺人事件の、Aのアンドーバー、Bのベクスヒル、Cのチャーストンにつづく、Dのドンカスターのことです。
感想
登場人物たちの関係性によって、事件が余計にややこしくなってしまう展開や、犯人が仕掛けたトリックはそれなりに納得は行くものでした。でもそれだけでしたかね。
結末に関しては、取ってつけたようなカップリングや、ハッピーエンド感がちょっと鼻につきます。登場人物たちに思い入れを持つことができなかったことが、その原因だと思います。
犯人ではなく、被害者の複雑な心理に焦点が当たった作品です。なぜ突然家族旅行に出かけようと思ったのか。なぜ突然散歩を家族に許したのか。その辺が一応論理的に説明されています。その点では興味深い作品と言えなくもないですが、やはりこれも取ってつけた感じがありますねぇ。
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