概要とあらすじ
1924年発表のノンシリーズです。1923年のポアロ物第二作「ゴルフ場殺人事件」の次の作品で、全体では四作目に発表された作品です。
地下鉄である男が転落死する。そこに駆けつけた茶色の服を着た医者だが、彼は立ち去るときに一枚の紙を落としてしまう。それを拾ったアン。なにやら暗号らしきものが書かれてある。アンはその医者を追いかけようとするが、その男はどこかに消えてしまう。暗号から南アフリカ行きの客船をつきとめ、アンは単身そこに乗り込む…という話。
みどころ
恋愛あり、冒険あり、サスペンスあり、そして謎解き。なにやらいろいろと盛りだくさんです。とんでもない疾走感です。展開が速すぎて、正直頭がついて行きませんでした。なんせ父親が採掘に出かけて、帰ってきて、熱を出して亡くなるまでわずか1ページですから。
そしてとてもコミカルに進みます。お父さんが亡くなったところも、全然湿っぽくなりません。一番面白かったのは、パジェットがフィレンツェに行かず、マーロウに行った理由が判明するところです。ここは、笑えますね。
みんながアンにプロポーズするところは、「パディントン発4時50分」のルーシー・アイレスバロウを思い出させます。なかなか面白いです。
あと、アクションシーンもなかなかです。アンがローデシア行きの列車に飛び乗るシーンは、かなりハラハラドキドキしますし、映像が目に浮かぶようです。本当に格好いいです。
ダイヤモンドの隠し場所が明らかになるところもよかったです。ギャグシーンかと思っていた場面が、伏線になっているという展開はハッとさせられました。
登場人物
まずは主人公のアンです。とても魅力的です。
「女流冒険家アンナ」声に出してそう言いながら、鏡のなかの自分にむかってひとつうなずいてみせた。
この部分、めちゃかわいいですよね。
ただ冒険が始まってしまうと、少しそのキャラが薄れてしまったように思いました。周りに濃いキャラがたくさんいますので、ちょっと埋没してしまった感じですかね。
シューザンと二人でわちゃわちゃやっていますが、仲良し姉妹みたいな感じで、若干キャラ被りしているんですよね。二人で動物の置物を爆買いしているところは、笑えますけれど。
あとはサー・ユースタス・ペドラーです。この人物もW主人公的な立ち位置ですが、なかなか面白いです。特に彼と秘書のパジェットとのやり取りが最高です。
犯人とトリックについて
犯人というか「大佐」の正体は意外な人物でした。少し怪しいとおもった場面もありましたが、結局騙されました。使われているあるトリックのせいです。
「茶色の服の男」では、「アクロイド殺し」と同じ記述者が犯人という叙述トリックを使っています。ですが、この点「茶色の服の男」はアンフェアな記述が多いように感じます。
「たまたま宣教師の足元で紙切れがひらひらしていたので…」とありますが、この紙切れはサー・ユースタス・ペドラー自身のものです。この記述はアウトですよね。
そう考えると「アクロイド殺し」の方は、そういうアンフェアな記述は、なかったように思います。
ですが、この小説はあまりの多くのことが盛り込まれていて、そのトリックもそのうちの一つである感じがします。だからそのトリックの部分を取り上げて、あれこれいう気持ちはおきませんでした。
計算問題
茶色の服の男が残した暗号を解こうとするアン。
後半の1と2のあいだが、ちょっとあいている。そこで、前半の一七一から、後半の二二を引いてみた。答えは百五十七。もう一度やりなおすと、今度は正しく百四十七になった。演算練習としては、こういう計算もまことに結構ではあるが、謎の解明には、てんで役立たない。
171-22=149 ですよね。これはどういうこと? 笑うところなのでしょうか。アンは計算が苦手だと言いたいのでしょうか。この計算ミスがのちの伏線かと思って付箋を貼っていましたが、関係なかったようです。
レイス大佐
レイス大佐はこの「茶色の服の男」が初登場です。その後「開いたトランプ」→「ナイルに死す」→「忘られぬ死」に登場します。それらの作品では、レイス大佐はそれほど目立った活躍はしません。なのであまり印象に残っていませんでした。
私は「茶色の服の男」を最後に読んでしまったため、そういう印象を持ちましたが、発表順に読んでいたらまた違った感想を持っていたかもしれません。それだけこの「茶色の服の男」のレイス大佐は、とてもキャラが立っていますし、とても魅力的です。
そのため先に「茶色の服の男」を読んでおくべきだったかなぁ、と思いました。また同時に、「開いたトランプ」「ナイルに死す」「忘られぬ死」を再読したときに、どのように印象が変わるのかが楽しみでもあります。
感想
楽しく読むことができました。なんかいろいろごちゃついていますが、終わり良ければ総て良しです。アンの大佐に対する感情は、まったく読者としても同感です。よき好敵手という感じ。読後感はさわやかです。
荒唐無稽な展開とその展開の速さ。いま何をやっているのか、何を目的としているのかがわからなくなることもありました。また大佐の心情に矛盾が多少あるような気がしないでもないです。とってつけたようなハッピーエンドも、なんだかなぁという感じです。
なので何度も再読に耐える作品、とまではいかないかもしれません。ですが、読書後しばらくたって、思い返してみると、細かいことは置いといて、なんかいろいろ楽しかったなぁ、という思いが心に残ります。そういう作品です。
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