概要
1925年の作品。全体では5作目で、「アクロイド殺し」の直前の作品になります。「七つの時計」「ひらいたトランプ」「殺人は容易だ」「ゼロ時間へ」に登場するバトル警視の初登場作品です。
あらすじ
アンソニー・ケイドは友人のジェイムズ・マグラスから2つの依頼を受ける。一つはスティルプティッチ伯爵の回顧録を、ロンドンに出版社に届けること。もう一つはゆすりのネタになっているらしい手紙を、ゆすられている本人を探し出し返すこと。
アンソニーは出発するが、さっそくその回顧録を手に入れようとする追手がやってきて…
みどころ
話が盛りだくさんです。まずアンソニーがジェイムズから受ける依頼からして2つもあります。さらにヘルツォスロバキアの王政派と革命派の対立が絡んできます。そしてそこに殺人事件が2つ起こり、さらに宝石の盗難事件とその隠し場所という謎があります。
クリスティーのやりたいこと、書きたいことを詰め込んだ、欲張りセットみたいな内容です。読み終わった後は満足感でお腹いっぱいです。
特にアンソニーがチムニーズ館にやってくるまでの展開は、ハラハラドキドキの中にもユーモアがあって、とても楽しく読むことができました。
登場人物について
登場人物はとても多いです。ちょっとこれはやり過ぎではないかと思わせるほどです。ですが、それなりに書き分けられており、思ったほどごちゃつきはしませんでした。
登場人物たちはいつものクリスティーオールスターズという感じです。少々軽い男。男たちを手玉に取る美女。元気な女の子。気難しい貴族などなど。むしろこれが初期の作品なので、クリスティー作品登場人物たちの原形を、ここに見ることができるかもしれません。
全員それぞれに見せ場があって、楽しく読むことができます。ですが、バンドルなんかはもっと活躍の場面を見たいと思わせられました。しかしそうすると、他の人物が割を食う形になるので、これは痛し痒しと言ったところでしょうか。
ミスター……アー……マグラス
ジョージ・ロマックスがヴァージニアに、頼みごとをするシーンに、こういうものがあります。
で、さほど深い理由があるわけではないが、とにかくその、ミスター……アー……マグラスに、ヘルツォスロバキアの王政の復古が…
その次の章で、アンソニーがホテルの支配人と話すシーンがあります。そこでその支配人はこのように言います。
ところで、どんなご用件でしょうか。ミスター……アー……マグラス
この「ミスター……アー……マグラス」は何を意味しているのでしょうか。最初はアンソニー・ケイドがジェイムズ・マグラスを名乗って行動しているのが、ばれていることを表現しているのかと思いました。
しかし、偽名がばれていることによる展開や、描写はその後全くありませんでした。またばれているなら、アンソニーはファーストネームですから、「……アー……」ではなく「……ケー……」となるべきです。
単にすんなり名前が出てこなかったという描写だったんでしょうかね。立て続けに同じセリフがあったので、何かあるのかと思いましたが、よくわかりませんでした。
犯人とトリックについて
チムニーズ館で起こった殺人事件の犯人は、意外な人物でした。
最初に疑っておいて、その容疑を晴らしておいて、結局その人物が犯人だったという展開は、他の作品でもありましたね。
ただ多少の驚きはあるものの、この作品ではそれが他の要素中に紛れてしまった感じがあります。十分な伏線や論理がないまま、ただ意外な人物を犯人に仕立て上げたという印象です。
その他、「○○の正体は□□だった!」的な展開がいくつもあります。1回ならいいのですが、それか何回も続くとちょっと食傷気味です。その場その場では確かに驚きはありますが、さすがにやりすぎな感じがしました。
感想
チムニーズ館での殺人があるまでは、冒険スリラーの味わい。その後は本格ミステリー要素も加わる感じです。個人的には前半の冒険スリラーの部分がとても面白く読めました。後半は余計な要素がのっちゃったかな、という印象です。
途中何が起こっているのか、何を目指しているのかわからなくなる場面もありますが、最後の最後には全て解決して、すっきりします。登場人物を集めて謎解きをする場面は、定番ですがわくわくしますね。
文句も多く出ましたが、それなりに楽しめました。登場人物たちのキャラがいいですね。それぞれの会話も楽しく、読後感もよかったです。
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