概要とあらすじ
1937年のポアロ長編33作中14作目。
ポアロのもとにエミリイから一通の手紙が届く。それには彼女が誰かに狙われているのではないか、ということが書かれてある。ポアロが現地に行くと、すでに彼女はなくなっていたが、死因は普通の病死。ただ、彼女の遺産が親族ではなく、家政婦に送られていた…という話。
みどころ
ボブがかわいい。他の犬と喧嘩するところや、ヘイスティングズに懐くところなど、ほっこりします。
ポアロが立場を偽って関係者たちを訪ねていくところも面白いです。そしてその嘘がばれるんじゃないかと、ハラハラするヘイスティングズや、決局嘘がばれてしまうところも含めて面白いです。
全体的にユーモアあふれる感じで読みやすいです。
登場人物のキャラクターについて
エミリイのキャラは立っています。チャールズもまぁまぁかな。テリーザは面白そうな感じでしたが、もう一息という感じです。二面性のあるキャラなんでしょうが、それがうまく表現できていなかった様子です。
ベラのとぼけた感じは面白そうに思えましたが、それほど活かされていなかったようです。そこはもっと前面に押し出すべきだと思いました。
夫のジェイコブはいい人なのか悪い人なのかフラフラしている印象です。こういうのは、「いい人に見せかけて、実は悪い人だった」か、「心底悪い人だった」か「悪い人のようだったが、実はいい人だった」のいずれかにすべきだと思うんですがね。なんか中途半端でした。
犬のボール事件
犬のボール事件のときに、ボブがいなかったことから疑惑が浮かぶという展開は面白いです。このボブがもっと事件に絡んでくればよかったと思いました。
犬のボール事件の話は、論理クイズみたいな感じで、少しややこしいです。ポアロはさらっと説明していますが、一読ではよくわからなかったので、丁寧に振り返ってみます。
まずボブが家の外にいることで、ボールが階段の上にあるはずがありません。すると誰かがボールを階段の上において、エミリイの殺害を偽装しようとしたことがわかります。
ロウスンは、ボブが外にいたことを隠そうとしました。一見これは、エミリイの殺人計画がばれないように、したように思えます。ですがこの時点で遺言書は前のままなので、仮にエミリイが死んでも、ロウスンは遺産を手に入れることはできません。
つまりロウスンが遺産を手に入れたいなら、血縁者たちに対する疑惑をエミリイに持たせて、遺言書を書きかえさせようとするはずです。なら逆にロウスンは、ボブが家の中にいなかったことを、大っぴらに騒ぎ立てて、殺人計画があったことを表に出すはず。
つまりボブが家にいなかったのを、ロウスンが隠したのは、本当にエミリイを気遣ってのものとわかります。そしてそれは、この時点でロウスンがエミリイの遺産を手に入れようとしていなかったこと、またこの犬のボール事件を起こしたのはロウスンではないことをあらわしています。
言われてみれば、確かにそうなりますね。
タイトルについて
「もの言えぬ証人」とは、ボブのことですよね。なら、ボブの活躍場面を作ってほしかった。ボブは犯人を知っているけれど、伝えることができない。それがボブのある行動によって、犯人を教えることになるみたいな展開があれば、よかったのにと思いました。
魅力的なタイトルですが、内容がタイトルとかみ合っていない感じがします。
あるいは「もの言えぬ証人」とは、すでに死んでしまったエミリイのこと? いや、彼女は被害者であって証人ではないよなぁ。
ベラの電話
ベラが「明日の朝十時に来ていただければ、望みの物を差し上げます」と電話で言います。
結局彼女は、その時間を待たずに自殺をしています。「望みの物を差し上げる」とありますが、望みの物つて何なんでしょうか。
「あなたのお望み通り、責任を取って自殺します」ということでしょうか。
この電話は、ドナルドスンがいるときにかかってきました。つまり二時過ぎです。そして四時ごろに手紙を持った男がベラを訪ねて、彼女に手紙を渡します。そして彼女は、子供たちをその男に預けます。
この男は、ベラ自身が子供を預けるために呼び寄せた人物なのでしょうか。では、男が持ってきた手紙は何なのでしょう。
あるいはその男は、ポアロが差し向けた人物なのでしょうか。そのあとのポアロの言動からすると、これがこれが正しい解釈のような気がします。
するとその手紙には何が書かれてあるのでしょうか。「自殺をするのであれば、子供を預かりますよ」的な内容だとすると、その後の出来事に筋が通ります。
この辺の説明が、不足している気がします。まぁ、察してくださいということでしょうか。でも、このような解決はあまり好きじゃないですね。よくありますけれど。
読む順番
突然のネタバレがあります。この作品の中で、思いっきり犯人の名前を言っています。「スタイルズ荘の怪事件」「アクロイド殺し」「青列車の秘密」「雲をつかむ死」を、この作品よりも先に読んでおきましょう。
若くてハンサムなノーマン・ゲイル。空威張りはするけどさっぱりしたイブリン・ハワード。人づきあいの良いドクター・シェパード。落ち着いた、信頼のおけるナイトン。
ポアロ作品には多少のつながりがありますので、この順番で読んだ方が楽しめるというものがありますが、今回のものはネタバレなので、必ず「スタイルズ荘の怪事件」「アクロイド殺し」「青列車の秘密」「雲をつかむ死」を先に読まなくてはいけません。
犯人について
犯人は意外な人物でした。
しかし、魅力的な登場人物が多かったため、その中に埋もれてしまい、影が薄くなっています。
これは意図的ではあったように思いますが、成功しているとは言い難いです。結果として、その人物が犯人と言われても、意外な犯人のわりに驚きは薄かったように感じます。
感想
もちろん犯人が誰なのか、という大きな謎がありますが、その周辺に小さな謎があります。「犬のボール事件」「遺言書の内容の謎」「犯人の殺害方法」の三つです。
そしてそれらは、「犬のボール事件」<「遺言書の内容の謎」<「犯人の殺害方法」の順で、もりあがっていき、犯人の正体につながっていくのがベストです。ポアロの話の展開もそうなっていました。
「犬のボール事件」は先に書いた通り、少し難しいですが、理解するとしっかり納得できました。「遺言書の内容の謎」は、やや無理やり感はありますが、理解はできます。そして「犯人の殺害方法」ですが、これはどうなんでしょう。
殺害方法は、まぁいいんです。ですが、それがわかる経緯です。ちょっと子供だましっぽくないですかね。ということで、「犬のボール事件」>「遺言書の内容の謎」>「犯人の殺害方法」のように、徐々に盛り下がってしまったんですね。そして犯人の正体についても、先に書いた通りです。
前半傑作、結末…という作品だったかなぁ、という印象です。それなりに面白いんですが、だんだん尻すぼみしていくというか、なんというか。そんな感じです。ボブのかわいさの分、少しだけプラスですね。
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