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象は忘れない-アガサ・クリスティー 感想

3.5
象は忘れない アガサ・クリスティー

概要

1972年のポアロ長編33作中32作目。発表としては「カーテン」の前になります。ですが、「カーテン」が実際に書かれたのは、第二次世界大戦中の1943年だったそうで、ポアロものとして書かれた作品では、最後に執筆された作品になります。

あらすじ

シリアの両親は十年以上前に亡くなっていた。その状況から彼らの死は心中とみられていたが、はたして父親が母親を殺して自殺したのか、あるいは母親が父親を殺して自殺したのか。そしてその動機は何なのか…

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登場人物に関して

登場人物に関しては、なかなか実体として感じられません。とくにドロシアに関しては、証言が一方的なので、薄っぺらい感じでよくわかりません。

「五匹の子豚」では、証言だけでも「アミアス」や「カロリン」のイメージが鮮明にできましたので、その点では、やや不満がありますかね。

「象は忘れない」人物相関図

みどころ

オリヴァ夫人がいろいろな人のもとを訪ねて回ります。その中でもこの場面が秀逸です。

ミセズ・オリヴァは、とつぜん、わっと泣きだしたくなった

自分が子供だったころの思い出、懐かしい思い出にすがりつつも幸せそうな孤独な老人、子供たちから、いろいろな年頃の大人たちの写真。

クリスティ自身の82歳という年齢のことも思うと、このオリヴァ夫人が泣きそうになる気持ちが、胸に来るものがあります。

あとは、やはり最後です。事件が起こった崖がある現場。そこに関係者たちが集まってくる様子が、なかなか趣があります。そして真相が語られるのですが、ここには派手さはありません。ですが、むしろそれがいいです。なんというかしんみりとする感じです。

デズモンドとシリヤという若い二人が立ち去るのを、年寄りたちが見送る様子も何とも言えません。未来は若者たちに託された。老人たちは見守るだけだ、というような感じ。全体的に感傷的なシーンが多いように感じます。

トリックと犯人

トリックや犯人は途中の道具立てで、だいたいの予想はつきます。あまりにあからさまです。なので、犯人当ての推理小説としたら、それほど出来がいいとは言えないかもしれません。

ですのであとは、登場人物たちの心情です。彼らはそのとき、何を思ってそういう行動に至ったのか? そこに驚きはあるかと思います。

新しい生活とは

ミセズ・カーステアズはこう言います。

「覚えていますよ、確かに。あるとき、奥さんが言ったことがあります。あれはどういうつもりで言ったんでしょうね」とミセズ・カーステアズが言った。「新しい生活をはじめるとか、そんなことを──聖女テレサの話のついでだったと思うけど。アーヴィラの聖テレサよ」

「新しい生活をはじめる」これは何を意味しているのでしょうか。

おそらく、子供たちを学校にやって、家に子供がいなくなったので、姉のドロシアを受け入れることにしたのを、指しているのではないでしょうか。

これに関して、それ以降触れられていないような気がしますが、そういことだと思います。言葉足らずですよね。うーん…

他作品とのつながり

「五匹の子豚」「ハロウィーン・パーティ」「マギンティ夫人は死んだ」についての言及があります。

特に「五匹の子豚」に関しては、本書と構成が似ており、そのことについても触れられています。「五匹の子豚」は名作ですから、先に読んでおくことをお勧めします。

感想

いい意味でも悪い意味でもクリスティーの総決算のような作品です。全体的な構成は「五匹の子豚」と同じだという話はありましたが、それ以外にも他の作品の影が見られます。

ドロシアのことを頼むマーガレットの様子は、まんま「ホロー荘の殺人」におけるジョン・クリストウですよね。

鬘に関しては、「第三の女」でも出てきましたので、入れ替わりがあったことは丸わかりです。

細かいことを言えば、粗もある作品だとは思います。伏線の雑さや、意味のない冗長な会話もあります。あとは、なんかすべて美談にしてしまう感じがやや鼻につきますかね。

ですが、全体的に哀愁があって、もうそれでいいじゃないかと思わせられる作品です。ただこれはクリスティ作品に多く付き合ってきたからこその感想とも思います。単独でこの作品を読んだら、また違った感想になりそうです。

ポアロシリーズ全体を一冊の本としたら、この「象は忘れない」はエピローグに当たる部分かと思います。語られる部分はすでに終わっており、後日談みたいな感じです。物悲しくもちょっと温かい。

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