1997年にイギリスで発表された While the Light Lasts and Other Stories に、「クィン氏のティー・セット」「白木蓮の花」「愛犬の死」を加えた、日本独自で編集された計12篇の短編集です。
クリスティーのロマンチック趣味が感じられる、メアリ・ウェストマコット名義っぽい作品が多い印象です。一編一編に「あとがき」があるのがうれしいです。
ベストは「崖っぷち」かな。「杉の柩」の第一章に似た怖さを感じました。なかなか良かったです。あとは犬好きとしては「愛犬の死」が心に残りましたね。
夢の家
うだつが上がらない事務員のジョン・セグレーヴ。彼はある日印象的な夢を見る。それは幽艶なうつくしさを持つ高台に建つ白亜の家だった。翌日彼は、その家を思わせる女性と出会うことに…
感想
クリスティーが職業作家になる前に書いたものを、手直しした作品だそうです。ロマンチックな内容で、クィン氏ものにありそうな話です。哀しい話なのに、美しい音楽を聴いたような高揚感がありました。ただメイジーは、かわいそうですよねぇ。
名演技
大女優オルガ・ストーマーが、かつて浮浪者同然だったナンシー・テイラーであることに気づいたレヴィット。彼女の過去の秘密で強請り、金蔓にしてやろうと目論むのだが…
感想
これは読んでいる途中でオチか読めました。というか、タイトル自体でネタバレしていませんかね。レヴィットとオルガの手紙のやり取りは、ちょっと面白かったです。言いたいことを直接言わないことで、より真意が伝わるという感じでしょうか。
崖っぷち
クレア・ハリウェルは、ボンマスに行っているはずのヴィヴィアンが、スキピントンのホテルに滞在しているのを知る。どうやら不倫をしているらしい。ヴィヴィアンの夫のジェラルドに告げるべきと考えたが、果たしてそれが本当に正しい行為なのだろうか…
感想
いやぁ、怖い話でした。何を持って正しい行為なのかというのは、難しいですね。特に利害関係がなければ、気持ちのまま正直に動けるのに、なまじそれがあるからこそ逆に素直に動けなくなるというのが面白いです。しかし、それこそが自分勝手ということなんでしょうか。
クリスマスの冒険
エンディコット氏のクリスマスの集いに参加しているポアロ。そのポアロのもとに「ぜったいにプディングを食べてはいけません」という謎の手紙が届けられる。そしてイヴリン・ハワースは結婚をまじかに控えていたが、本当に愛しているのは別の人で…
感想
「クリスマス・プディングの冒険」の元ネタです。そちらを先に読んでいましたので、こちらはかなりあわただしい印象です。内容はほぼ同じなので、完成度の高い「クリスマス・プディングの冒険」の方を読んでおけば十分かと…
孤独な神さま
フランク・オリヴァーは大英博物館で、棚の片隅にポツンと置かれた、小さな神さまの像に目が留まった。孤独な自分の境遇と重ねたのかも知れない。毎日その神さまの像を見ているうちに、自分と同じくその像に関心を持っているらしい女性を見かけて…
感想
いやぁ、甘い。とろとろのラブストーリーです。あとがきを見ると、クリスティー自身も「少々感傷的にすぎたようだ」と思っていたそうです。あまりにもな展開に、ちょっと恥ずかしさも覚えます。孤独な神さま自身も報われてほしいなぁ、と思いました。
マン島の黄金
フェネラとジュアンは伯父のマイルズから遺産を受け継いだのだが、それは四つの嗅ぎタバコ入れに入れてマン島のどこかにバラバラに隠されていた。二人は伯父が残した手掛かりをもとに探そうとするのだが…
感想
マン島への観光客誘致のための懸賞小説です。一つ目と二つ目の謎は手も足も出ませんでしたが、三つ目と四つ目の暗号に関しては、もしかすると解けたのではないかと、ちょっと悔しさがあります。
どう考えても区切りがおかしいですから、どうせ縦読みでしょ、と思って一つ目の単語をつなげようとしていました。最後の暗号に関しては、「sixes and sevens」という表現が面白いなぁ、なんて思っていたので、もう少し頭を働かせていれば、解読できていたかもしれません。
「あとがき」にある、後日談も含めてなんかほっこりする話ですね。
壁の中
社交界で多くの人の心をとらえたイザベル・ローリングは、有望な人たちからのプロポーズを受けたにもかかわらず、無名の画家アラン・エヴァラードと結婚した。やがてエヴァラードはその才能を目覚めさせ、画壇における地位を築きつつあったのだが…
感想
才能を持った芸術家の話。「謎のクィン氏」にもありそうな、含みが多く後味の苦いロマンチックな内容でした。「愛の旋律」とも、テーマが少し重なるのかな、とも感じました。
最後の展開は
エヴァラードがイザベルを許すというか、彼女の力に負けてあきらめてしまうことをあらわしているのかと考えていました。ですが「あとがき」を読んで、また別の解釈があるのを知って面白く感じました。
なるほど、確かにそうとも読み取ることができますね。
バグダッドの大櫃の謎
短編集「黄色いアイリス」にも収録されていますので、ここでは詳しく触れません。
また「クリスマス・プディングの冒険」の「スペイン櫃の秘密」はこの作品の加筆訂正版です。
光が消えぬかぎり
ディアドリは夫のジョージとともにアフリカ旅行に来ていた。だがディアドリは心ここにあらずと言った様子だった。というのもその場所は、彼女の元夫ティムが戦死した場所だったのだから…
感想
「愛の旋律」にも同じ展開がありましたね。ただこの「光が消えぬかぎり」の方は、短編ゆえの急展開にあわただしい印象です。もう少し長い物語として読むことができたら、もっと満足度が上がったような気がします。
クィン氏のティー・セット
サタースウェイトは旧友のトム・アディスンに会いに行くところだった。しかし途中で車が故障し、その修理をしている間、近くのカフェに寄ることにした。そこでサタースウェイトはクィン氏と偶然出くわし、これから訪れる友人の話を彼にするのだが…
感想
いかにもクィン氏ものといった幻想的な含みのある文章です。現実世界と異世界の間をふわふわ漂うような、不思議な感覚があります。
ただ、話の筋ではいろいろ疑問があります。
ローランドがリリーの息子だと信じられていたのなら、財産はローランドに行くことになっていました。ならティモシーを殺す必要はなかったはずです。それともベリルはいずれ、子供の取り違えがばれると思っていたのでしょうか。
その辺がちょっと説明不足な感じがします。ですが読者に解釈を任せる的なところが、クィン氏ものの特徴とも言えますので、それはそれでありなのかなとも思いました。
白木蓮の花
ヴィンセント・イーストンは、ヴィクトリア駅でテオを待っていた。彼女はリチャードと結婚している身。はたして本当に彼女は来てくれるのだろうか。約束の電車の出発時刻が迫る…
感想
女心に振り回される男たちの話という感じでしょうか。すべてをひっくるめるとヴィンセントがかわいそうすぎませんかね。謎に満ちたテオの内面が、徐々に明らかになっていきますが、彼女が大切に思っていることがわかると、神秘性が薄れてただの女性に感じられました。いや、それをもって気高き女性ということなのでしょうか。というか、テオはこれからどうするの?
愛犬の死
ジョイス・ランバードは困っていた。仕事が決まらず、家賃もためてしまっている。愛犬のテリーを手放せば仕事は決まるのだが、そういうわけにもいかない。彼女の残された手段は…
感想
クリスティーの犬に対する描写は、「あるある、分かるなぁ」という感じで、本当にかわいく、そしていじらしいですね。ある意味テリーが、自分の命をもって彼女の窮状を救ったともいえそうです。すると、童話「幸福な王子」のような、哀しくも美しい話とも読めます。
ただ、タイトルでネタバレしているのがどうなの? とは思いますが。
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