概要とあらすじ
1962年のミス・マープル長編12作中8作目です。
女優マリーナ・グレッグのパーティーで、親切なおしゃべりおばさんのヘザー・バドコックがカクテルに入れられた毒を飲んで死んだ。人畜無害そうなおばさんがなぜ殺されたのか? あるいは本当に狙われたのはマリーナ・グレッグの方なのか? という話。
みどころ
まずタイトルの「鏡は横にひび割れて」というのがいいです。なにやら不吉な、そして美しいタイトルです。これはテニスンという詩人の作品の一部だそうです。
鏡は横にひび割れぬ。”ああ、わが命運もつきたり”とシャロット姫は叫べり
このシャロット姫は呪いをかけられており、鏡越しでしか外を見ることができません。そこにランスロット卿が現れ、川のほとりで歌を歌います。たまらずシャロット姫は、直接ランスロット卿を見てしまいます。その時鏡が割れて、シャロット姫は自分が死ぬことを確信したのです。
で、その時のシャロット姫のような表情を、マリーナ・グレッグはしていたそうです。これもまた不気味で、そして美しいです。
一方、ミス・マープルの方のパートも、ユーモアがあって面白いです。マープルに品がありますので、あまり下品にならないのがいいですね。
老人扱いされるマープルが、ミス・ナイトの目をかいくぐって、一人で外出するところや、クラドック警部を招き入れて、ウイスキーをふるまう場面はいいですね。入れ代わり立ち代わりマープルに噂話が持ち込まれるのも面白いです。
登場人物について
何をおいても、マープルが魅力的です。とくにこの作品はおばあちゃん感が強く、可愛らしさに磨きがかかっています。それゆえそのギャップで、グラディス関係の手際の良さに、格好良さを感じます。
そしてその友人のバンドリー夫人もいいです。バンドリー夫人は「書斎の死体」でも出てきて、そのキャラクターは面白かったのですが、活躍の場面がそこではほとんどありませんでした。それがこの「鏡は横にひび割れて」では、しっかり活躍の場が与えられています。
あとはマーゴット・ベンスという写真家です。彼女の正体がばれて、本性があらわになるところはドキッとしました。結構なホラーです。
多様な登場人物が出てきますが、みんなそれなりに特徴があって、面白かったです。
犯人とトリックについて
犯人に関しては、予想はつきました。これはまぁ、そうなるだろうなぁ、という感じです。ですが、その動機に関しては、予想外でした。ここはうまくしてやられた感じです。思い切り書かれてありますので、気づけていてもおかしくはなかったです。
でも、焦点を別の方にずらすように、ちゃんと話が書かれてあります。この辺はうまいですね。さすがです。
あとはグラディスの言う「たしかにあれはわざとしたことだったんだわ」の言葉足らずに関しても、まったく気づいていませんでした。確かに見方によって、意味が全く逆になりますね。ここも普通に引っかかりました。
犯人自身のトリックにはさほど見るものはありませんが、そういった作者のミスディレクション的なものに感心させられました。
ヘイリー・プレストンはなぜグラディスのところへ向かったのか?
ヘイリー・プレストンはグラディスに会いに、新住宅地に向かいます。その途中で老婦人に道を尋ねます。
しかしその老婦人はミス・マープルで、でたらめな道順を教えられます。そしてその道に迷っている間に、ミス・マープルによってグラディスはボーンマスへと逃がされます。
とはいえ、そもそもなぜヘイリー・プレストンはグラディスに会いに行ったのでしょうか。
殺害の意図があったとすれば、それはマリーナの指示か、あるいはジェースン・ラットの指示なのか? マープルの説明を聞く限りでは、ジェースン・ラットはマリーナがこれ以上人殺しをするのを、止めようとしています。
なら、マリーナの指示で動いていたことになります。するとジェースン・ラットとマリーナは共謀していたのでしょうか。ジュゼッペは射殺されました。なんとなくこれはマリーナには似合わない殺し方に思えます。実行役はジェースン・ラットだったのでしょうか。
あるいは、殺害の意図はきかされずに、単にグラディスを連れてくるように言われていただけかもしれませんけれど。
もしくはマープルの見立て違いで、エラ・ジーリンスキーとジュゼッペを殺したのは、マリーナを守ろうとしたジェースン・ラットだったのでしょうか。それならジェースン・ラットの助手であるヘイリー・プレストンが動くのもわかります。
しかし、マープルが見立て違いをするとは考えられませんから、これは違うかな。グラディスをめぐるやり取りは面白いのですが、結局何だったのかがよくわからないので、少しもやもやします。
他作品とのつながり
「書斎の死体」で出てきたバンドリー夫人が、この作品にも登場することは前に述べましたが、殺害現場もその「書斎の死体」で出てきた、ゴシントン・ホールです。
また「牧師館の殺人」で出てきた登場人物について、触れられている場面があります。
ミス・ハートネルの家も以前のままだったし、彼女自身も生きているあいだは進歩と戦いそうだった。ミス・ウェザビーは世を去り、彼女の家には今は銀行の支店長一家が住んでいて…
「牧師館の殺人」は1930年の作品です。「鏡は横にひび割れて」は1962年の作品です。実世界と連動しているとすれば、32年の月日が流れています。あのミス・ウェザビーは亡くなったのか、と少し悲しく思います。
その他、「牧師館の殺人」のネタバレになりかねない描写もあります。なんにしても「牧師館の殺人」と「書斎の死体」は先に読んでおくべきと思われます。
また「火曜クラブ」に関する描写もあります。これは1932年発表の、ミス・マープル物の短編集です。
感想
犯行の動機が判明すると、犯人の気持ちと同時に、被害者の哀れさも感じられます。単に意外な犯人、意外な動機というだけでなく、なんかいろいろ考えさせられます。
チェリーやナイトや、その他の村の人物たちのやり取りなども楽しく、とてもうまくまとまった作品だと思いました。
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