概要
1934年のポアロ長編33作中8作目。
アガサ・クリスティーにとって、「オリエント急行」はあこがれの列車だったようです。
最初にクリスティーが実在のオリエント急行に乗ったのは、アーチボルトとの離婚が成立し一人きりになって神経を休めたかった時です。バグダッドに興味を持ったクリスティーは、そこへオリエント急行で行けることを知りました。
このバグダッド旅行がきっかけとなり、のちの夫となるマックス・マローワンと出会うことになり、その新婚旅行でもオリエント急行が使われたそうです。その意味でもクリスティーにとって、オリエント急行は思い出深い列車だったのでしょう。
今作「オリエント急行の殺人」の着想は、大西洋単独横断飛行で有名なリンドバーグの子供が誘拐され、殺害された事件から得たようです。
個人的評価
あらすじ
カレー行きのオリエント急行の中で、金持ちの紳士ラチェットが何度も刺される形で殺される。列車は大雪のため立ち往生しており、容疑者はその車両に居合わせた人物たちに限定されそうだが、どの人物にもアリバイがあり…
登場人物について
- メアリ・デブナム(イギリス人の家庭教師)
- アーバスノット(イギリス人の大佐)
- ラチェット(金持ちの紳士)
- ヘクター・マックィーン(ラチェットの秘書)
- エドワード・マスターマン(ラチェットの召使い)
- ハバード夫人(アメリカ人の婦人)
- コンスタンティン(ギリシャ人の医師)
- ドラゴミロフ公爵夫人(ロシア人の富豪)
- ヒルデガルデ・シュミット(ドラゴミロフ公爵夫人のメイド)
- アンドレニ伯爵(ハンガリー人の外交官)
- アンドレニ伯爵夫人(アンドレニ伯爵の妻)
- サイラス・ハードマン(アメリカ人の私立探偵)
- グレタ・オールソン(スウェーデン人の婦人)
- アントーニオ・フォスカレッリ(イタリア人のセールスマン)
- ピエール・ミシェル(フランス人の車掌)

登場人物はとても多いです。ですが、イギリス人の家庭教師と大佐、アメリカ人の婦人と私立探偵、ロシア人の富豪、ハンガリーの外交官、スウェーデン人の婦人、イタリアのセールスマンなど、その属性だけでなんとなく雰囲気がつかめそうです。
例えば、アメリカの婦人は「おしゃべり」だとか、ロシア人の富豪は「威圧感がある」、みたいな感じです。なので登場人物表とにらめっこしながら読んでいけば、なんとなくそれぞれの特徴はつかめてくるかと思います。
ですが、「オリエント急行の殺人」の登場人物に関しては、それだけです。何か物足りない感じがします。最初面白そうだと思ったメアリ・デブナムでさえ、事件が起こって以降は無個性になってしまい、思い入れが持てなくなってしまいました。
すべてが終わってみると、登場人物のステレオタイプな感じの一人は、演技だったことが分かるのですが、それにしても少し面白みがないように感じました。
みどころ
タウルス急行に乗るポアロを見送るデュボスク中尉と、ポアロとの会話が面白いです。お互い特に話がないのに、電車が出発するまで時間があるので、薄い会話をつなげようつなげようとしている感じが笑えます。
ようやく電車が出発するとなって、別れの挨拶をたがいにするところは、この作品屈指の名シーンじゃないかと私は思いました。
トリックについて
トリックについては、驚きのもの…と言いたいのですが、あまりの有名作のため、世の中にネタバレがあふれています。どれだけの人がこの作品を、ネタバレなしで読むことができたのでしょうか。
残念ながら私もこの作品を、トリックを知ったうえで読むことになりました。すると確かに伏線らしき描写がたくさん見られます。
ですがそれがあからさますぎて、うまいとは思えないんですね。こういうものは、実際に騙されたうえで、振り返って、初めて感心できます。知っている状態で読んでも、なんか興ざめな感じが否めません。
「このようなことにあなたを巻き込みたくなかった」というアーバスノット大佐の発言があります。また、刺し傷が深いものや浅いものがあったり、右利き左利きが混じったりするといった描写があります。
これは、乗客全員の共犯というトリックを知ったうえで読むと、そのままですね。
そして読み進めていくうちに、「あぁ、あれは、アーバスノット大佐とデブナム二人だけの共犯と思わせたかったんだな」と、後で気づくことになります。
つまり逆なんです。「二人だけの共犯」のような描写が、実は「全員の共謀」の描写だったなら、驚きがあります。それが「全員の共謀のような」が先に来て、作者がずらしたかった思惑が、後々に透けてしまうため、白けてしまうんですね。
完全にトリックを知っていることの弊害です。それを知らずに読むことができたら、素直に関心できたのではないかと思うと、残念です。
感想
トリックを知ったうえで読んでしまうと、面白さが半減する作品だと思います。
登場人物たちがステレオタイプなのは、むしろこういうトリック一発勝負な作品では有効なのかもしれません。ですが、ネタバレ状態で読んでしまうと、その点での面白みがないので、薄っぺらく感じます。
まっさらな状態で読むことができたら、また評価が変わってくるかと思います。しかし、世の中にネタバレがあふれている状態では、その状態で読むことができる人がどれだけいるのでしょうかね。
また登場人物の正体が明らかになってくくだりは、かなり強引です。明らかに推理が飛躍しています。ちょっとふざけている感じもあります。
二種類の解決がある点でも、ミステリーのパロディ的な感じで書かれた作品のようにも感じます。なので「オリエント急行の殺人」がクリスティーの代表作としてあげられるのは、少し違うかなとも思いました。
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