概要とあらすじ
1942年のポアロ長編、33作中21作目。
16年前、画家アミアス・クレイルが毒殺され、犯人として妻のカロリンが挙げられた。彼女はその一年後獄中で亡くなった。彼らの子供のカーラは、母の無実を信じて、事件の再調査をポアロに依頼する。という話。
みどころ
「まえおき」のカーラが格好いい。「もし万一、お母さんが有罪だったとしたら、そのときはどうなさるかね?」とポアロが言ったとき、「わたくしは母の娘ですから、真実を望みます」と答えるカーラ。
これ一発でもうカーラのファンになりました。ポアロは彼女のために、なんとか真実を明らかにしてやりたい、という気持ちが沸き上がったでしょう。そしてそれに、読者である私の気持ちが同調する感覚に陥りました。
物語の構成が面白いです。最初は裁判に関係した全員との対話で始まります。それによって、何が起こったのかが語られます。同じような話が繰り返されますがが、まったく退屈ではありません。
というのもカーラのために、証言の中に矛盾点がないか、証言同士に食い違いがないかを必死で探そうとするからです。
証言の食い違い
私が気づいた証言の食い違いは、「背中にナメクジか、ベッドにナメクジか、ベッドにハリネズミか?」「ビールに塩か、マタタビか?」「アンジェラは服を繕ったのかどうか?」の三点です。なんかアンジェラ関係ばっかりです。必死に探しましたが、これってあまり真相に関係しないんですよね。
ただせっかくなので、それぞれの真相を考察してみます。
背中にナメクジか、ベッドにナメクジか、ベッドにハリネズミか?
まず、「背中にナメクジか、ベッドにナメクジか、ベッドにハリネズミか?」です。証言の被り方を見ていると「ベッドにナメクジ」が、一番真相に近いのではないかと思われます。当の本人は「ベッドにハリネズミ」と言っていますが、まだ子供のころの記憶なので曖昧です。
特にナメクジに関しては、「アミアスはナメクジが大嫌い」とセシリアが言っており、具体的なので、間違いないでしょう。
ビールに塩かマタタビか?
次に「ビールに塩かマタタビか?」です。これは本編にちゃんと書かれてあります。両方行われています。正確には「マタタビ」は未遂でした。
服を縫ったかどうか
最後の「服を縫ったかどうか」です。これはアンジェラとセシリアの証言からは「縫った」。フィリップとメレディスの証言からは、そんな時間はなかったことになります。
ただ、アンジェラとセシリアは、ともにその辺の記憶が曖昧だと言っています。またアンジェラはフィリップと海に行ったのは間違いありません。するとその前にはビールを持ってきたわけです。するとやはり「服を縫う」時間はなかったと思われます。
あるいはアンジェラには「服を縫いなさい」としつこく言われていたことが頭にあったため、そのような記憶につながったのではないかと思います。
ダブルミーニング
ダブルミーニングが恐ろしく有効に働いています。「そんなことあまりにひどすぎるわ」というカロリンの言葉。その裏の面を知った時、カロリンの人物像がひっくり返ります。そして彼女の不思議な行動に、合理的な説明がつくというのが美しいです。
また、アミアスとカロリンの本当の気持ちがわかるに至って、悲しみが襲ってきます。カロリンは過去にとらわれていて哀れですし、アミアスは妙に人間臭さを感じ、それだけに自分が殺されたことを知った時に、彼が何を感じたのか想像すると胸を締め付けられます。
犯人について
憎むべき犯人に対しても、同情の気持ちがわいてきます。信じていたものが、突然ガラッと崩れてしまうその絶望感を思うと、なんともやり切れません。
そしてもう一つ、「そんなことあまりにひどすぎるわ」という言葉を聞いた、犯人のあの瞬間。今まで優越感に浸っていた自分が、その相手から同情されるという恥ずかしさと劣等感、そこからくる大きな怒りの感情。
そしてすべてが終わった後の無力感。
そういったことが、犯人の最後の言葉を重くさせます。
気になる点
気になる点は一つ。
ビール瓶にコニインが入っていなかったことが、裁判中に証明されました。するとアンジェラが犯人なのはありえないと、カロリンにはわかるはずです。アミアスが自殺でないと信じるなら、犯人はエルサしかありえません。
また書斎におけるアミアスとカロリンの言い争いについて、エルサが裁判において虚偽を述べています。これにカロリンが反論しなかったのはなぜでしょう。
アンジェラをかばうために、裁判に対して本気で向かわなかったと、当初は考えていました。しかし、エルサが犯人だとカロリンにわかったなら、裁判の態度も変わってくるのではないかと思います。
あるいは夫を失ったために、その追及をしないほど気力を失っているのか、あるいはエルサに同情してしまったのか、と考えると、裁判中のカロリンの態度は分かります。ただどちらにしても、アンジェラに送った手紙にに関しては、それとは矛盾してしまうと思いました。
もしアンジェラを犯人と信じたまま、獄中で亡くなったと考えると、アホすぎるなぁと…。全てわかったけれど、気力を失っていると考えるのが、一番ですかね。でもあの手紙はアンジェラを犯人と信じて、自己陶酔に陥っていますよね。うーん…
すごい小説であることは間違いありません。ですがその分、登場人物の印象が強すぎて、ポアロの存在価値が薄まっていることが、もったいないというかなんというか。むしろこれは、ノンシリーズとしてやった方がよかったかなぁ、と思いました。
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