アガサ・クリスティー小説の特徴として、「会話が素晴らしい」がよくあげられます。若かりしクリスティーが、その習作を隣人の作家イーデン・フィルポッツに見てもらったとき、「あなたが書いたものの中には非常に優れた部分があります。会話にとても良い感覚をお持ちです」と、言葉をかけられたそうです。
その意味でも「戯曲」という形式は、会話が中心ですので、クリスティーの利点が存分に生かせる形式だったのではないかと個人的には思います。実際アガサ・クリスティーは、芝居の方が書きやすいと思っていたようです。
アガサ・クリスティーといえばどうしても、ポアロやマープルに代表される長編作品が注目されがちですが、戯曲作品の中にも優れたものがあるんですよね。
アガサ・クリスティー、戯曲作品
早川書房のクリスティー文庫にある「戯曲」は次の7作品です。
ブラック・コーヒー(発表年1930)
アクナーテン(発表年1937)
ねずみとり(発表年1952)
検察側の証人(発表年1953)
蜘蛛の巣(発表年1954)
招かれざる客(発表年1958)
海浜の午後(発表年1962)
関連作品
短編 → 戯曲
ねずみとり
「ねずみとり」は、「三匹の盲目ねずみ」(短編集「愛の探偵たち」1950)の戯曲化です。世界最長のロングラン公演をはたすこの戯曲は、もともとラジオドラマとして作成され、それが短編となり、そこから戯曲化されたものだったんですね。
戯曲の方には登場人物が一人加わっており、短編とはまた受ける印象が違います。戯曲の方ができが良いと感じますので、「戯曲」を先に読み、後でその違いを短編で確かめる流れの方がいいと思います。でないと、「意外な犯人」を楽しめませんからね。
検察側の証人
「検察側の証人」は、同名の「検察側の証人」(短編集「死の猟犬」1933)の戯曲化です。「検察側の証人」では戯曲化にあたり、短編版から結末を変更しています。それについて興行主のソーンダースは反対したのですが、クリスティーは自分の考えを押し通しました。結果として戯曲「検察側の証人」は大ヒットをしました。
これは発表順の「短編」→「戯曲」の流れで読んで、クリスティーやソーンダースの気持ちに寄り添いたいです。そして彼らの意見のどちらに賛同するかを考えるのも楽しいです。
戯曲 → 小説
またチャールズ・オズボーンによる小説版として「ブラック・コーヒー」「招かれざる客」「蜘蛛の巣」もあります。それで戯曲との違いを楽しむのもいいでしょう。
おすすめ戯曲作品
アガサ・クリスティーの戯曲作品の中で、どれか一つと言われれば、私が勧めるのは「招かれざる客」です。
出だしが素晴らしいです。まるで「ホロー荘の殺人」のようです。そこからローラをかばおうと、ウォリックは偽装工作を始めるのですが、彼らの言動が面白いです。どことなくコミカルな印象もあります。それが徐々におかしな方向に進み始め、後半の展開は恐ろしさすら感じます。
いろいろな要素が詰め込まれていて、かなり贅沢な作品だと思います。
コメント