メアリ・ウエストマコット名義の二作目。シーリアという女性の半生を描いた物語です。
この本の作者であるメアリー(クリスティ)に向けて、ある肖像画家が送った原稿という体裁なのが、ちょっと面白いです。少し距離を置いた冷静な目で見たかったのか、あるいは照れがあったのでしょうか。
第一章で、シーリアが自殺をしようとまで思い悩んでいたことがわかります。そして第二章から幼少期に戻って、彼女の半生が語られるという仕組みです。
前作「愛の旋律」でも、ヴァーノンの幼少期から語られていました。しかし、それはとても退屈でした。対して「未完の肖像」のシーリアの方は、興味を持って読み進められました。というのも、「未完の肖像」はクリスティの自伝的な内容だからです。
スペリングが苦手だったり、一人遊びをして過ごしていたりした幼少期。Wikipediaに書かれてあるクリスティの幼少期の話と照らし合わせると、なかなか面白いです。
また母のミリアムや、祖母のグラニーに対する愛情。それに対して兄シリルの、少し嫌味な感じと影の薄さが可笑しさを感じます。
ピアノやオペラといった音楽方面に進もうとしたり、病院で勤めようとしたり、小説を書いたりと、現実のクリスティとシンクロする場面が多くあります。その時々の心の動きがとても興味深いです。
そしてダーモットとの破局とその後の行動。これはあの有名な「クリスティ失踪事件」です。この失踪の謎は、クリスティ自身公にほとんど口にしていません。それをこの「未完の肖像」である程度書いたのではないかと思われます。
というのも、「未完の肖像」の出版時点では、メアリ・ウエストマコットが、クリスティ自身の別名だとは、公表していませんでした。また本書にもこうあります。
ダーモットはそもそもここに自分の面影など認めないでしょう。彼はそんなたちの人間ではありません。
つまり、これが自分のことだとばれないだろう、と思っていたのではないでしょうか。やはり作家ですから、自分の気持ちをどこかで吐き出したかったのだろうと思います。
内容としては、それほどドラマチックなものではありません。ですが、それがクリスティの自伝と考えると途端に魅力的に感じるのは不思議です。
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