概要とあらすじ
1953年のミス・マープル長編12作中6作目です。
投資信託会社の社長レックス・フォテスキューは、毒を飲まされて死んでしまった。どうやら朝の食事に毒を入れられたようだが、誰がそんなことをしたのだろうか? そしてレックスのポケットには、なぜかライ麦の粒が入れられていて…という話。
みどころ
最初の会社の様子が読んでいて楽しいです。つんと澄ましたミス・グローブナーが、事件が起こったとたんにアタフタする様子が面白いです。医者を呼ぼうとしてみんながてんでバラバラなことを言いだし、話がぜんぜんまとまらないところも笑えます。
マープルがなかなか登場しません。それまではニール警部による捜査が続きやや退屈ですが、その分マープルの登場シーンは「待ってました」感があって、めちゃくちゃ格好いいです。
今回のマープルは胸に怒りを抱えて行動している含みもあって、いつもの飄々とした感じにもそれとない迫力を感じます。
そしてなにより、最後の手紙です。圧倒的な悲哀。いろいろな思いが駆け巡りますが、やはり最終的に哀しみに戻ってきます。ただただ哀しい。ここはクリスティ史上でもかなりの名場面でしょう。
登場人物について
登場人物たちが、みんな魅力的です。
一癖も二癖もあるレックス家の面々が面白いです。クリスティでは定番ですが、次男のランスロットのちょい悪な感じがいいです。エレイヌが大粒の泪を流す場面には、読んでいる自分自身がハッとされられました。
メインキャラ以外のサブキャラもいい味を出しています。ミス・グリフィスとミス・サマーズは最初出てきて、しばらく出番がありませんでしたが、また後半で登場します。ここはなんとなくホッと一息つける楽しい場面でしたね。
犯人とトリックについて
犯人は意外というわけではありません。多くいる容疑者の中の一人です。トリックも普通と言えば普通です。それほど驚きはありません。まぁまぁ面白いなぁ、という感じです。
ですが、この作品のメインはそんなところではありません。なのでマープルは犯人に向かって、直接犯行を指摘しません。犯人逮捕の瞬間もありません。真相をニール警部に語って、あとの証拠集めはよろしくね、と去っていきます。
犯人とトリックに焦点がいかない、とても珍しい作品です。
感想
物語としてはほどほどに面白いです。ニール警部の捜査パートは、やや退屈と言いましたが、章の切り替わりには「いよいよ、放蕩息子のご帰還か!」とか、「そうだ、つぐみだ──まちがえるなよ、つぐみだぜ」とか、それっぽい煽りがあって、それなりにページを進ませます。
犯人やトリックも常識の範囲内で、なるほどなぁ、という程度です。それなりに面白いですが、そこで終わっていれば、普通の平均的な推理小説という感じです。
ところが先ほど書いたように、メインはそこではないのです。
通常の推理小説は犯人指摘の場面で、一番の盛り上がりがあります。そしてつけ足しのようにエピローグがあって、登場人物のその後などが語られ、ほっこりして終わるのが普通です。
この作品はそうではありません。エピローグこそが一番盛り上がります。というよりエピローグにて一番の驚きすらあります。そして話の焦点が瞬間にして変わってしまいます。なんというか、おいしいところをすべて持って行った感じです。
推理小説としてはそれなりです。面白いのは面白いですが、そこまで飛びぬけての出来ではありません。ですが、それまでのことは何だったんだというくらい、最後の最後でとんでもなく心を動かされます。すごい小説です。
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