この小説全編に貫くのは、「誰が殺したのか?」という謎ではなく、「犯罪は本当に起こったのか?」という謎です。
そういう意味では、謎の印象度が弱いです。推理小説として話を進める力は、他の館シリーズに比べて弱いかもしれません。実際殺人が起こり推理小説的な流れになるのが、全体の4分の3あたりからです。これは「人形館の殺人」と同じ流れではあります。
「黒猫館の殺人」は一般的には、他の館シリーズの中では少し評価が低いです。なかなか事件が起きないのが、この低い評価の原因にあるかもしれません。しかし、むしろ私はこのゆったり感が心地よかったです。
「鮎田冬馬」の手記に登場する4人+1人。彼らのドタバタ騒ぎを見る鮎田冬馬自身の「気難し気」でかつどこか「こっけいな」描写。北海道という場設定(?)により、今までの閉じられた空間ではなく、雄大な感じがあるという点。
そういったところから、穏やかに読み進めることが出来きました。
そして終盤でのひっくり返し。雄大と思っていた北海道という場設定が、地球規模の場設定に変わる。それは「驚き」というより、むしろ「感嘆」という感情です。
その後殺人の犯人を突き止める推理があるのですが、その推理はこの小説においては付け加えです。コース料理における、最後のデザートの役割です。
しかしそのデザートが実にいい役割を果たします。コース料理がなければ、デザートは引き立ちません。デザートがなければ、コース料理が引き立ちません。お互いがお互いを、引き立てあう存在になっているのです。
全体として薄味で、「殺人の犯人が誰か?」が全体の謎となっていないため、推理小説を期待している人にとっては物足りないかもしれません。ですが、おどろおどろしい「館シリーズ」の中で、一服の清涼剤的な好編ではないかと思います。
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