概要とあらすじ
1928年のポアロ長編33作中5作目。
この小説は、クリスティーが1926年に謎の失踪事件を起こした後、精神的に不安定な時期に書かれたもので、すでに発表されていた短編「プリマス行き急行列車」のプロットを長編向けに焼き直したものです。
クリスティー自身はこの作品を気に入っておらず、後に「書きたくなくても書かなければならないプロ作家の厳しさを自覚した作品」と回想しています。
あらすじ
大富豪から「火の心」と呼ばれる宝石をもらった娘ルス。彼女は浮気相手のローシュ伯爵に会いに、青列車に乗る。彼女の夫デリクもダンサーのミレールと浮気中で、それが富豪にばれて窮地に追い込まれる。また莫大な遺産を受け継いだキャザリンは、従姉のタムリン子爵夫人に会いに青列車に乗り込み、そこで事件が…という話。
見どころ
多くの人の人生が語られ、それが青列車という点に集結していく過程が面白いです。そして登場人物たちが魅力的です。ルス、ミレール、キャザリンの三人の女性が特に魅力的です。
デリクが悪態をつくところもいいです。デリク対ヴァン・アルディン。デリク対ローシュ伯爵。デリク対ナイトン少佐。どれもデリクの舌鋒がさえわたっています。ただ、デリク対ミレールは、さすがにミレールのパワーに押され気味です。女性には弱いんですかね。
いろいろな謎
ちょっとした謎が、しばらくたってから解決することが多いのですが、間が空き過ぎているので、ピンとこないことがあります。事件の本質にかかわらない部分なんかは、もう少しテンポよくしてくれたらよかったと思いました。やや読むのにストレスがありました。
デリクは、なぜ青列車に乗ったのか?
デリクは、妻ルスの行動を探ろうとしていました。パリでローシュ伯爵と逢い引きすると思っていましたが、その様子がないので、ルスと改めて話をしようと考え、ルスのコンパートメントに入りました。でもルスが寝ていたから、何もせずそのまま出てきました。
これは、デリクがキャザリンに語っていました。
ミレールは、デリクと一緒に青列車に乗ったのか?
ミレールも青列車に乗りました。でもこれは、デリクと一緒に行ったのではありません。好きな男に、ストーカー的についていった感じ。ということでコンパートメントは、当然デリクと別です。
デリクとミレールは別行動です。コンパートメントもホテルも別です。これは不倫がばれないようにしていると、警察は誤解していたんですね。
デリクとミレールはロンドンでけんかしてから、仲直りしていません。ゴビイの報告は、単にミレールも青列車に乗っているというもの。つまり別々に乗り込んだのを、女連れがあったと、ヴァン・アルディンや警察は誤解したのでしょう。
ミレールの心の中は描写されていません。まぁ、あのヒステリーから想像つきますよね、という感じでしょうか。
キャザリンが、ポアロに差し出した新聞の切り抜きは何か?
「将校用病院を経営中のタムリン子爵夫人は怪盗におそわれ、宝石類を盗まれた…」の切り抜きです。その当時、将校用病院には、ナイトンが入院していました。つまりナイトン少佐が宝石を盗んだのではないか、という疑いを、キャザリンが持っていることを、ポアロが知りました。
最後の方でポアロが語っていました。
ポアロはパリのリヨン駅で、なぜいったん電車を降りたのか?
ポアロ達は、パリのリヨン駅でいったん電車を降りました。しかし、切符を車内のボーイに預けていたため、改札から出られませんでした。始発からのお金を払って出ようという、ヴァン・アルディンを無視して、列車に戻って旅を続けよう、というポアロ。これは何を確かめたかったのでしょうか。
ポアロはメイソンに「切符はどうしました?」とたずねています。上記の行動は、この質問に関係しているはずです。
メイソンがパリのリヨンで降りるなら、切符がないので改札から出られない、とポアロは考えたのでしょうか。パリのリヨンの改札が出られないなら、リヨンの改札を出たとでも考えたのでしょうか。
でもメイソンは結局、リヨンで折り返して、パリのリヨンで降りることになります。切符はどうしたのでしょうか。
ここの推理は、よくわからないです。
メイソンは何にびっくりしたのか?
デリクの存在に気づいて、びっくりしたのでしょうか。デリクのコンパートメントは、ルスのところから、ほんの少し離れたところだったので。これが一番普通の解釈でしょう。でもこの描写って、必要ですかね。
あるいは、キャザリンの後ろにいた人にびっくりしたのではなく、キャザリン自身にびっくりしたのか? それはないか。キャザリンは普通にルスと会話していましたし、それはメイソンも知っていますからね。
それともびっくりしたのではなく、何か別の感情だったのか? キャザリンと話をすることで、ルスは当初の計画を変更する決心をしていました。それをメイソンは苦々しくおもって、その感情が表情に出てしまったとか。うーん…
はっきりとは書かれていません。
ローシュ伯爵はなぜアリバイを偽造したのか
なぜローシュ伯爵は、アリバイを偽造したのでしょうか。結局ローシュ伯爵のアリバイは、マリイナ荘の召使夫婦しかいないみたいですね。友達が食事をしているのを見ていると思う、と言っていましたが、その方面での偽造はしなかったようです。
ルスとはイエールで合流する予定でした。いつ合流する予定だったんでしょうね。警察から連絡がくるよりも前の段階で、ルスから連絡がないことに不安にならないものかと思いました。
で、ローシュ伯爵は14日の夜はどこにいたんでしょうか。15日の朝にニースに着いたなら、同じ青列車に乗っていたのでしょうか。それならルスと合流するはずですし、違うかな。
13日の夜にパリを発ったのは本当らしい。そこから15日の朝のマリイナ荘まで、観光でもしていたのでしょうかね。それならそうと正直に言えばいいのに、疑われるのが嫌だからと、咄嗟にうそをついてしまった、というのが一番妥当な考え方でしょう。
とはいえ、なんかもやもやします。
ルスのコンパートメントに入ってくる人物
メイソンはリヨン駅の到着前に男装をして、リヨン駅で降りる準備をしていました。ルスのコンパートメントの隣のコンパートメントに身を隠しています。時系列でみると、ルスのコンパートメントに、デリクとミレールがやって来たのは、そんなときです。
デリクは入ってきて、すぐ出ていきますので、まぁなんとかやり過ごせそうです。ですが、問題はミレールです。彼女は宝石を物色しています。この時の、メイソンの気持ちはどうなんでしょう。隣の部屋でガサゴソやっている。気が気じゃないですよね。
あとミレールは、なぜ隣の部屋も宝石の物色をしようとしなかったんでしょうか。小間使いがいると思ったからでしょうか。もし何らかのことで、「メイソンがパリで下車した」という話をミレールが耳にしていたとしたら、隣の部屋も物色しようとしたでしょう。
この辺の描写も欲しかったところです。
その他、気になる点
その他細かいところで言えば、何故ポアロはローシュ伯爵がマリイナ荘にいると知っていたのでしょうか。これは単に、ポアロの手際が良かったということでしょうかね。
また、「デリクがルビーのことを知っているのがおかしい」とポアロは言っていました。しかし、それはデリクがミレールから聞いていたからです。ミレールはフランスの「お友達」から聞いていました。
というか、この程度はローシュ伯爵の場所を知っているポアロなら、普通に想像がつきませんかね。地の文で書いていることですから、この程度の疑問は警察が言いだして、それをポアロが訂正するくらいでいいんじゃないですかね。
キャザリンが見た、コンパートメントから顔を出したきれいな女性は、ミレールですよね。後でキャザリンとミレールが会って、「あの時の人だ!」ってなる場面ってありましたっけ?
駅名について
「パリのリヨン駅」と、ただの「リヨン駅」があるのがややこしいです。「カレー駅→パリ・リヨン駅→リヨン駅→カンヌ駅→ニース駅」という流れです。
ややこしい駅名がトリックに関係しないなら、単に「パリ駅」でいいじゃないかと思いました。
感想
道具立ては面白そうなのに、ごちゃごちゃしてしまった印象です。料理の盛り付けに失敗した感じです。犯人の指摘も急すぎて、あまり論理的に追い詰めた感じはしないです。
どうやら出版社がせっついて、クリスティーに書かせた作品のようです。クリスティー自身もあまり納得のいっていない作品の様子。登場人物たちは魅力的なので、もったいないなぁと思いました。
コメント