アガサクリスティーが生み出した名探偵、エルキュール・ポアロ。ポアロが登場する長編は33作品あります。その読む順番やおすすめ作品を紹介します。
基本的には発表順に読む
「ポアロ物長編には特につながりはないので、どれから読んでもいい」と言われることがよくあります。ですが、実際には以前扱った事件について、作品内でしばしば言及されます。それがネタバレを含んでいることもありますので、基本的には発表順に読んだ方が良いです。
こちらの左上から発表順になっています。
ポアロ作品関係図
とはいえ、興味がある作品から読みたい、という考えもあるでしょう。そこでこの作品関係図です。作品から出ている矢印の向かう先は、その作品内で触れられている作品です。
例えば、右上段にある「ヒッコリー・ロードの殺人」です。ここからは「マギンティ夫人は死んだ」と「葬儀を終えて」に矢印があります。つまり「ヒッコリー・ロードの殺人」を読む前に、「マギンティ夫人は死んだ」と「葬儀を終えて」を読んでおくと良いです。
さらに「葬儀を終えて」からも矢印が「エッジウェア卿の死」に向かっています。なので「ヒッコリー・ロードの殺人」を読みたければ、「エッジウェア卿の死」から読み始めるのが良いことがわかります。
逆に言えば、矢印が出ていない作品を優先して読むと、ネタバレなどなく読むことができます。
おすすめ作品
さてここからはおすすめ作品と、それに関係する作品です。
「アクロイド殺し」を読む前に
スタイルズ荘の怪事件→ゴルフ場殺人事件→(ビッグ4→ヘラクレスの冒険)→
アクロイド殺し
まずはクリスティ最大の問題作と言われる「アクロイド殺し」です。あまりの有名作のため、最初に手を取ってしまいがちですが、その前に読んで欲しい作品があります。それは「スタイルズ荘の怪事件」と「ゴルフ場殺人事件」です。
「スタイルズ荘の怪事件 → ゴルフ場殺人事件 → アクロイド殺し」は、ぜひこの並びで読んでもらいたいです。
最初の二作品の語り手はヘイスティングズです。そして「アクロイド殺し」において、語り手はシェパード医師に変わります。ポアロとヘイスティングズの友情があったうえでの、「アクロイド殺し」なんですね。実際、「アクロイド殺し」でもヘイスティングズの話題が出てきます。
余裕があれば、もう少し付け加えたい作品もあります。「ビッグ4」「ヘラクレスの冒険」です。「ビッグ4」と「ヘラクレスの冒険」は、時系列として直接「アクロイド殺し」につながる作品です。
「ビッグ4」は発表こそ「アクロイド殺し」の後ですが、話の時系列では入れ替わります。つまり「ビッグ4」でポアロは探偵業の引退を考え、「ヘラクレスの冒険」で引退の準備をし、そして引退してやってきたキングズ・アボット村で起こったのが「アクロイド殺し」なのです。
アガサ・クリスティを読むなら、初期三部作を順番に読んでもらいたいのが絶対です。そのうえで「ビッグ4」「ヘラクレスの冒険」も読んでおくと、より「アクロイド殺し」を楽しめます。
「三幕の殺人」を読む前に
謎のクィン氏→三幕の殺人
「三幕の殺人」はとても良くできた作品です。しかし、登場人物の印象がやや薄いため、中盤の展開で退屈するかと思います。
「三幕の殺人」はポアロものですが、実は別シリーズである「クィン氏もの」のメインキャラクターであるサタースウェィトも登場します。そのため、クィン氏もの短編集である「謎のクィン氏」を先に読んでおくと、サタースウェィトのイメージ持って「三幕の殺人」読むことができます。
「謎のクィン氏」は、クリスティのロマンチック趣味が全開の短編集です。普段のポアロ物とは少し趣が違うので、それはそれで面白いです。
また「三幕の殺人」では、「スタイルズ荘の怪事件」と短編集「ポアロ登場」内の「チョコレートの箱」についても少しだけ触れられています。先に読んでおくとニヤリとできるかも。
「ひらいたトランプ」を読む前に
茶色の服の男→チムニーズ館の秘密→七つの時計→(パーカー・パイン登場)→ひらいたトランプ→ABC殺人事件
「ひらいたトランプ」は、意外な犯人や、どんでん返しで楽しめる作品です。そしてメインキャラクターとしてポアロのほかに、オリヴァ夫人、レイス大佐、バトル警視が登場します。つまり「ひらいたトランプ」は、いろいろな作品に登場するキャラが一堂に会する、クロスオーバー的な作品です。
そのクロスオーバー感を味わうためには、それぞれの人物に関する作品をあらかじめ読んでおくと良いです。
レイス大佐については「茶色の服の男」を先に読む、バトル警視は「チムニーズ館の秘密→七つの時計」を先に読んでおくとイメージがわきやすいです。というか、ひらいたトランプにおける二人のキャラがそれほど強くないので、前の作品で補っておくという感覚ですかね。
オリヴァ夫人は短編集「パーカー・パイン登場」の「不満軍人の事件」に初登場します。ですが、オリヴァ夫人自身のキャラは、このひらいたトランプにおいて、十分たっていますので、慌てて「パーカー・パイン登場」を読む必要はありません。ただ、「パーカー・パイン登場」自体がとても面白い短編集なので、それはそれでおすすめしたい作品です。
そして「ABC殺人事件」です。「ABC殺人事件」の作品中で、ポアロとヘイスティングズが、どんな殺人事件が好きかという話をするくだりがあります。そこでポアロが好きだと言っている事件の内容が、「ひらいたトランプ」のプロットそのままです。
これはむしろ「ひらいたトランプ」を先に読んでおいて、後で「ABC殺人事件」を読んだ方がいいかも。発表順どおり「ABC殺人事件」→「ひらいたトランプ」と読むと、その部分に気づかないかもしれません(私はそうでした)。あえて「ひらいたトランプ」→「ABC殺人事件」と発表とは逆順で読むのが、私のおすすめです。
「メソポタミヤの殺人」が好きな人は
クリスティは中東を舞台に作品をいくつも書いています。そのうちの一つは「ナイルに死す」ですが、それに負けず劣らず素晴らしい作品なのが「メソポタミヤの殺人」です。むしろこの「メソポタミヤの殺人」の方が、より中東感が感じられると思います。
その中東感が気に入れば、そういう作品を読むのがいいでしょう。中東を舞台とした作品では、「春にして君を離れ」「死が最後にやってくる」「バグダッドの秘密」が個人的におすすめです。中東の乾いた空気を感じながら読むと、より一層臨場感があると思います。
「ナイルに死す」
(茶色の服の男)→オリエント急行の殺人→ナイルに死す
有名作「ナイルに死す」です。クリスティの作品中最大のボリュームを誇る絢爛豪華な作品で、映画を見ているような(実際に映画になっていますが)感覚を味わえる作品です。
ナイルに死すにおいて、オリエント急行の殺人の小ネタに触れられています。正直たいした話ではないので、別に先に読んでおかなくてはいけないとまでは言えません。ですが読んでおくと「あぁ、あの話ね」とはなります。
また「ナイルに死す」にはレイス大佐が登場します。「ひらいたトランプ」と同様、先に「茶色の服の男」を読んでおくと、イメージがわきやすいです。ですが「ナイルに死す」のレイス大佐は、諜報部員というキャラだけで呼ばれたようなものです。正直たいした働きをしません。なので「ナイルを死す」を読む準備のために「茶色の服の男」を読むまでもないような気もします。
「ナイルに死す」は、単品でも十分楽しめる名作ということですね。
「杉の柩」と「ホロー荘の殺人」
「杉の柩」と「ホロー荘の殺人」は、どちらも似たような雰囲気の作品です。ともに女性の心理描写が素晴らしい作品です。どちらか片方を読んで気に入ったなら、もう片方も気に入ると思います。
無難に出版順である「杉の柩」→「ホロー荘の殺人」の流れで読むのがいいんじゃないでしょうか。個人的には特に「ホロー荘の殺人」の最後にグッときました。
「葬儀を終えて」と関連作品
エッジウェア卿の死→白昼の悪魔→葬儀を終えて→火曜クラブ
「葬儀を終えて」は、シリアスとコミカルの配分が絶妙な名作です。この作品内で直接言及があるのは「エッジウェア卿の死」です。ですので読む順番としては「エッジウェア卿の死」→「葬儀を終えて」です。
また直接の言及はありませんが、「白昼の悪魔」や、ミスマープルもの短編集の「火曜クラブ」にも同じ要素があります。これらは、それぞれ見るべきところがある作品です。それに加えて、同じ材料をどのように違った形で料理しているのか、という見方もできます。
同じ材料とは何なのかは、あえて書きませんが、読んでいただければわかると思います。
「象は忘れない」を読む前に
「ひらいたトランプ」「死者のあやまち」「蒼ざめた馬」→五匹の子豚→マギンティ夫人は死んだ→ハロウィーン・パーティ→象は忘れない
「象は忘れない」はクリスティが最後に書いたポアロ作品です。そのためポアロシリーズのエピローグ的な作品でもあります。「カーテン」とはまた違った意味で、哀愁漂うラストにはしんみりさせられます。
「象は忘れない」において言及がある作品は、「五匹の子豚」「マギンティ夫人は死んだ」「ハロウィーン・パーティ」ですが、特に「五匹の子豚は」同じ「過去の殺人」というテーマが、「象は忘れない」と共通しており、かつ名作ですので先に読んでおくべきです。
「象は忘れない」の登場人物には、オリヴァ夫人がいます。彼女にとっての最後の作品になります。そのため、オリヴァ夫人関係の作品は、「象は忘れない」よりも先に読んでおいた方がいいでしょう。
オリヴァ夫人つながりでは、先に出てきた「マギンティ夫人は死んだ」と「ハロウィーン・パーティ」に加えて、読んで損はないのは「ひらいたトランプ」「死者のあやまち」「蒼ざめた馬」があります。特に「蒼ざめた馬」は、ポアロシリーズではないため盲点になりやすいです。
「第三の女」にもオリヴァ夫人は出ていますが、これは…まぁ、後回しでもいいかな。
「カーテン」を読む前に
「スタイルズ荘の怪事件」「ゴルフ場殺人事件」(「ポアロ登場」「ビッグ4」)「ABC殺人事件」「ナイルに死す」→カーテン
カーテンはポアロシリーズの最後の作品です。もちろんすべてのポアロ作品を読んだうえで、この作品に向かうのが一番です。それが大前提として、「スタイルズ荘の怪事件」「ゴルフ場殺人事件」「ABC殺人事件」「ナイルに死す」は、作品内で触れられていますので最低限読んでおきましょう。
特に「カーテン」の舞台がスタイルズ荘ということもあり、「スタイルズ荘の怪事件」の言及はかなりあります。「カーテン」を読む直前に、「スタイルズ荘の怪事件」を読み直しておくことをお勧めします。
あとは「ビッグ4」と短編集の「ポアロ登場」を読んでおくと、ポアロとヘイスティングズとの友情をより感じられると思います。正直「ビッグ4」は、あまり評判が良くありません。しかし、「ビッグ4」の後半の展開を知ったうえで「カーテン」を読むと、いろいろ感慨深いです。
ポアロ作品ベスト
個人的ポアロ作品ベスト
個人的なポアロ作品ベストを選んでみました。トップ3は間違いなく名作です。再読に耐える作品です。4位以下はそれぞれ心に残る何かがある作品たちです。読んで損はありません。
日本クリスティ・ファンクラブによるポアロ作品ベスト
1982年に実施された、日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテンに入っているポアロ作品です。約80名の会員が全作品について10点満点で絶対評価の点数をつけて集計したそうです。
「アクロイド殺し 9.22点」「オリエント急行の殺人 8.79点」「ABC殺人事件 8.18点」「ナイルに死す 8.34点」「白昼の悪魔 8.09点」「葬儀を終えて 8.14点」「カーテン 8.27点」
ニューヨーク・タイムズによるポアロ作品ベスト
ニューヨーク・タイムズの The Essential Agatha Christie という記事にある、ポアロ作品です。「邪悪の家」の選出が渋いですね。
クリスティのお気に入りポアロ作品
クリスティは1972年にお気に入りとして、ポアロ作品であげているのは「アクロイド殺し」と「オリエント急行の殺人」です。ただ、これは時期によって変わるとも言っています。ちなみにマープル作品では3作品あげています。作品数の割合的にポアロ作品が少なすぎませんかね。
江戸川乱歩のおすすめポアロ作品
江戸川乱歩は1951年、「宝石」にて大いに面白かったポアロ作品として、「アクロイド殺し」「三幕の殺人」「愛国殺人」「白昼の悪魔」をあげています。ただこれは読んでいない作品も多くあったうえでの評価です。
ちなみに余り面白くなかったものとしてあげているポアロ作品は、「ゴルフ場殺人事件」「邪悪の家」「もの言えぬ証人」です。
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